1990年から1999年までに芥川賞を受賞した22作品を読破しました。10年分を振り返り、自分なりに順位をつけてみました。
第1位
海峡の光/辻仁成
1位と2位は迷いましたが、純文学らしさという点で「海峡の光」が90年代の1位だと思います。ワイドショー的観点では辻仁成さんの人柄は共感できませんが、この作品はとても心を打たれました。涙するような内容ではないのですが、人の心の闇の深さや哀しさをしみじみ考えさせられました。
第2位
蛇を踏む/川上弘美
「海峡の光」がオーケストラだとすると、「蛇を踏む」はアコースティックギターの弾き語りのようなイメージ。少ない音数で不思議な世界観を生み出す筆力は稀有な能力だと思います。ほんの一文二文読んだだけでも伝わるはんなりとした空気感が心地よく、ずっと読んでいたくなります。
第3位
運転士/藤原智美
個人的に好きな「壊れていく系」のお話ですが、何か嫌なことや苦しいことがあって精神が壊れるのではなく、深層崩壊のように深いところで地殻変動がズズッと起こるような感じのぶっ壊れ方が気に入ってます。壊れたのか、元々壊れていたのが治ったのかよくわからないラストもグッド。
第4位
ゲルマニウムの夜/花村萬月
官能小説ばりのエロい内容ですが、修道院の静謐な雰囲気と、常に背景にあるキリスト教の存在が、単なるエロではなく、どこか聖人伝を予感させる不思議な作品でした。かつては手の付けられない悪ガキだったが、色々あって現在は、、みたいな。
第5位
タイムスリップ・コンビナート/笙野頼子
かなりぶっ飛んだファンタジックな作品ですが、作品そのものよりも、舞台として登場する鶴見線の「海芝浦駅」がかなり刺さりました。その筋では割と有名な駅らしいのですが、自分は全然知らなかったので思わず検索してしまいました。この駅をチョイスするセンスがすごいです。
第6位
妊娠カレンダー/小川洋子
独特の空気を醸す筆力はさすが。ただ、この作品自体は小粒な印象でした。妊婦の出産までの記録というあえてのミニマルなアプローチはいいとは思いますが、いかんせん地味な内容なので惜しくも5位入賞ならずという感じ。
第7位
自動起床装置/辺見庸
芥川アイデア賞があるならば1位に選びたい、とても面白い着眼点のお話でした。仮眠室での「起こし屋」というとんでもない設定、そして睡眠という生理現象への哲学的考察。人生における新たな視点を気づかせてくれた作品でした。
第8位
村の名前/辻原登
中国の辺境の地にある桃源郷を訪ねるロードムービーな雰囲気はなかなかいい感じ。しかし、中盤からはなんだかサスペンス的な展開になり残念。着眼点はいいけど、ストーリーとしてはイマイチのパターンでした。
第9位
水滴/目取真俊
太平洋戦争の沖縄戦で負ったトラウマから、ある日足に水が溜まって、その水を夜な夜な兵士の亡霊がすすりに来る、というオカルティックな世界観が秀逸でした。やはり戦争物は安定感があります。
第10位
蔭の棲みか/玄月
大阪にある朝鮮人集落という舞台設定がとても興味深く、古き良き純文学の大作を思わせるドラマチックさがあるのですが、いかんせん短編なのが惜しまれるところ。「青春の門」みたいな大長編として読んでみたい作品でした。
【総評】
1990年代の芥川賞受賞作はその世相を反映して、なんとなく漂うバブルの雰囲気が懐かしく、そしてそれらを今読むと超つまらないという発見がありました。
時代を経ても色褪せない作品と色褪せる作品は何が違うのか。なんとなくセリフの内容とか舞台設定とかではなく、空気のような何かが違う感じがしますが、それが何なのかはよくわかりません。
そもそも90年代だからそこまで昔の話でもないですし、自分自身90年代は普通に過ごしてきたわけで、逆にこんなに古臭く感じるのは不思議でした。
あと、2000年代と比較したときの1990年代の印象として、アイデア一発勝負の作品が多いなあと思いました。斬新な舞台設定で一発かまして、先行逃げ切りのパターン。あえて言えば、不景気の世の中だからこそのゲリラ戦法とも言えますし、カルチャー的にも過渡期の時代だったのかなあとも思います。
そしてその後の2000年代は「何も起こらないほわっとした作品」が全盛になっていくのも興味深いところ。
芥川賞というと世間の流行から超越した存在のようなイメージを持っていましたが、書き手も読み手も選考委員もその時代に身を置いている以上、やっぱり時代の影響ってあるんだなあと感じました。
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純文学の登竜門、芥川賞。昔から直木賞と違って、芥川賞は小難しくて面白くない作品が多いと言われますが、本当にそうなんでしょうか。いまさら改めて、芥川賞受賞作品を1冊1冊読み返してみました。
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