運転士/藤原智美(1992年上半期受賞)

主人公は若い地下鉄運転士。毎日決まった時間に決まった作業を行う不確実さのない仕事に安心感を感じ、運転士の仕事を選んだのだが、やがて主人公の心に、じわじわと不確実さが侵食してくるお話。

ジョジョの吉良吉影のように、すべてのことが規則正しく、整理整頓されていないと気が済まない主人公の、ほとんど病的とも言える心理描写が生々しく、そこが崩壊してくるカタストロフィ感は読んでいてドキドキしました。

崩壊のきっかけはかばんに入っている空想の中の女性。

はじめは人形のように無機質な存在だったかばんの女性が、だんだん有機的な存在になっていくのと比例して、身の回りの不確実性が増してきて、精密機械のような地下鉄運転に綻びが生じる。そんな奇妙な話ですが、なぜか感覚的には共感できます。

人の心は元来不確実なもので、その人間らしい不確実さを身につけた主人公の内的成長を描いた、とも取れますし、逆に主人公の精神が崩壊していく様を描いた、とも取れます。

たぶんどっちもなんでしょうけど、こんなふうに他人の心の中の世界を文章で表現すること自体の面白さを感じさせてくれる作品でした。

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運転士 (講談社文庫)

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