この人の閾/保坂和志(1995年上半期受賞)


10年ぶりに会う映画サークルの先輩の家を訪ねたら、すっかり専業主婦になっていて、草むしりを手伝いながら他愛のない会話を交わすという物語。数ある「何も起こらない系」の作品の中でもひときわ何も起こりません。。

この当時はまだ何も起こらない小説が珍しかったのか、選考委員の評も「何も起こらないのが心地良い」みたいな論調ですが、正直どうかしてるんじゃないかと思います。

もちろん何も起こらないから面白くなかったわけではなく、主人公たちの会話を通して、いくつかの哲学的な小話が展開され、そこがこの作品の魅力なんだと思いますが、なんとなく登場人物が自分の言葉でしゃべってる感じがせず、著者の書きたいセリフをそのまま言わされているような違和感があって、どこか嫌味です。

言っていること自体はうなずける内容なのですが、誰でも考えそうな内容でもあり、そこを浅薄と捉えるか、自然な会話を切り取ったと捉えるかは評価の仕方によって違うのでしょうが、どこにでもある日常の風景と日常の会話を書き記しただけで(のように思えるほど自然な文章なんだとしても)、果たして読み手は何を受け取り、何を感じればいいのかとても疑問です。

しかし、これが小説でなければ話は別です。無理に小説の形態にはめ込まず、もしかすると随筆や評論の形で、保坂和志さん自身の言葉として語った方がしっくり来るんじゃないかと思いました。

あと、私はこの作品を芥川賞全集で読んだのですが、短編なので何作かまとめて単行本で読めばもう少し世界観が伝わってくるのかもと思いました。

↓アマゾンでの評価は結構高いです。
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