タイムスリップ・コンビナート/笙野頼子(1994年上半期受賞)

ある日マグロから電話がかかってきて、JR鶴見線の海芝浦駅まで行く、という夢の中のお話。荒唐無稽なストーリーですが、冒頭でこれは夢ですと宣言してしまうことで、こんなことはありえないだろとか、飛躍しすぎだろといった雑念に囚われず、素直に読むことができました。

この作品の読みどころは、主人公が生まれ育った四日市と、現代の川崎のコンビナートの風景をオーバーラップさせる手法だと思いますが、私はそこよりも海芝浦駅をはじめとする「身近なファンタジーの世界」がポイントだと思いました。

夢の世界は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のような雰囲気ですが、銀河鉄道みたいな大掛かりな舞台装置がなくてもファンタジーが成立する、というのが新鮮でした。

というか、最初は海芝浦駅なんてものは実在しなくて、あくまでも夢の中の架空の駅なんだろうと思ったのですが、調べてみると本当にあってびっくり。もう一つ出てくる都立家政という駅も、自分があまり利用しない路線なので知らなかったのですが、西武新宿線の駅なんですね。

東京に住んでいても、ふと見落としていたようなちょっとしたファンタジーが心地よく、読みながらあれこれ検索して調べてしまいました。

物語の面白さはさておき、描かれる情景の着眼点はすごいなと思いましたが、一方で選考委員の誰かが言っていたように、今度は夢じゃない話も読んでみたい、というのは言い得て妙でした。

↓アマゾンでの評価はまあまあ。
タイムスリップ・コンビナート (Amazon)

1990年代の受賞作一覧に戻る

芥川賞作品レビュー