ブエノスアイレス午前零時/藤沢周(1998年上半期受賞)


なんともドラマチックな題名なので、てっきりアルゼンチンを舞台にした感動巨編かと思ったら、日本のとある場末の温泉旅館の話でした。内容をそのまま反映するなら、もっと別のタイトルが適当かと思いますが、この内容にしてこのタイトルというのがうまいと思いました。

華やかな広告代理店を辞めて田舎の温泉旅館で働く主人公と、その旅館に泊まりにくる老人の社交ダンスサークルのお話です。

なんだかものすごいニッチな舞台設定ですが、そこから展開される物語もニッチで、若い頃に横浜で外国人相手の娼婦をやっていたと噂されている老婆と、現実なのか痴呆症の夢なのか判然としないやり取りをしながら、一緒にダンスを踊るというストーリー。

広告代理店時代の幻想と、幻想の世界を行き来する老婆が重なり合って、幻想の世界で恋愛に近い感情がふと湧いてくる感じが、わかりにくいようでわかりやすい程よい心理描写で描かれていて、けっしてとっつきにくい感じではないのがこの作品の魅力だと思いました。

全然設定は違うのですが、雰囲気はちょっと「ハウルの動く城」を思い出しました。

ただ個人的には、主人公と老婆のやり取りは、文学的ではあるものの、どっちかというと強く興味を惹かれたのは、老婆の過去とブエノスアイレス。

薄れゆく記憶を辿って、老婆のヒストリーをなぞるような物語のほうが面白そう。と、勝手なことを考えてみたり。

タイトルに反して、とても地味な作品で、ストーリーもさほど面白いとは言えませんが、なんとなく雰囲気があって、イマジネーションを駆り立ててくれる作品でした。

↓アマゾンの評価はやや低め。なにしろ地味です。
ブエノスアイレス午前零時/藤沢周

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