かつて児童虐待を受けたタクシードライバーの男がそのトラウマと戦い、満身創痍になりながら、ほんの少し乗り越えようとする物語。とてつもなく暗い話です。
幼少期の虐待によるトラウマの話は、かつてはブームと言っていいほど各種ありました。
そこにあえて挑んだのか、結果的にそうなったのかは不明ですが、まず最初の印象としては「またその話か」という感じ。
しかし、やたら心理描写が生々しく、自分自身では感じることのない、歪み病んだ感情が追体験できる感覚はさすが芥川賞だと思いました。
あえて理不尽な暴力に身をさらし、恐怖や痛みを与えようとしてくる相手に対して、恐怖や痛みを自覚して乗り越えることで何かを超越しようとする感情。
高いところから物を落とすときの、手を離してから地面に叩きつけられるまでの、逃れることのできない結果が運命づけられた完全なる支配感。
さらに、自分自身が高いところから落ちればどうなるか、、と、建物の屋上から思わず吸い込まれそうになる感覚。
どれも自分自身の内面にも潜んでいる狂気のような錯覚を覚えるほどの描写力で、思わず引き込まれるものがありました。
ただ、養父から受けた虐待が、単なる殴る蹴るからエスカレートして、山中の土に埋めるといった、さすがに現実離れしたレベルに至ったり、なぜか運悪くタクシー強盗にあったり、心理描写以外はアラビキ感もありました。
そもそも物語の冒頭で暴走族から集団リンチを受けて気を失うのですが、その後普通に家に帰って、「どうしたのその顔」「いや、ちょっとね」みたいなくだりがあるのですが、死ぬ寸前までボコボコにされて、そんな平気なわけないでしょ!とか。人間の身体はそこまで頑丈じゃないよ。
とはいえ、トータルではとても読み応えのある作品でした。
↓アマゾンのレビューでは「古い純文学の焼き直し」「純文学のための純文学はもういらない」など、結構ボコボコに書かれています。
土の中の子供/中村文則
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