著者の田中慎弥氏の受賞コメントや偏屈なキャラが先行して一躍注目を集めたこの作品。タイトルからして重々しく、ドロドロで屈折した世界観が想像されますし、むしろそこを期待していた部分もあるのですが、実はそんなことはなく、意外に正統派でした。
舞台は作品冒頭で説明されるとおり、昭和63年のある地方の集落。しかし、昭和63年と説明されなければ、昭和30年代と言っても通じそうな、なんともレトロな雰囲気です。
ストーリーは暴力を伴う性交の癖がある父親と、その性癖を受け継いでしまっているのではないかと悶々とする息子の話。
と、あらすじの上では、かなりダークな話のように見えますし、さらに、この作品はしばしば性描写が取り上げられがちで、それも確かにこの作品の一側面ではあるとは思いますが、本質はそこではないように思いました。
何というかこの手の物語にありがちな、出口の見えない暗さや、不条理な悪意や狂気といったものはあまりなくて、登場人物もどこか憎めず、どこかに救いがある感じが、この作者の人柄を表しているような気がして、むしろ実はこの人はすごくピュアな心の持ち主なんじゃないかとさえ思いました。
特にそう思ったのは、もう一作収録されている「第三紀層の魚」。
こちらは小学生の主人公が曾祖父の死に直面する物語ですが、子どもの気持ちが素直に描かれていて、とてもほのぼのとした話でした。
どちらにも共通するのが、少年時代の純粋さと、真の悪者が出てこない優しさ。
舞台設定をいかに醜悪にしようとも、そこはブレることなく、一貫した優しい人間観に好感が持てました。
ただ、変に期待値を上げてしまってる分、正統派は保守的、懐古趣味的と言われてしまうのもわかりますし、安定感が凡庸、新鮮味がないと評価されてしまうのもわかる気はします。
でも、芥川賞はこれでいいんじゃないですかね。
奇をてらったり、おしゃれな雰囲気だけの作品なんかよりはるかに価値があるように思いました。
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共喰い/田中慎弥
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